
クラシックとモード、その曖昧なあわいについて #2
23 Apr 2025
文:佐久友基
ファッションブランドが発表するコレクション、その商品が実際に販売されるのはだいたい半年後です。このギャップを埋める「See now, Buy now」の取り組みが一時話題になりましたが、いつの間にやら下火になっている気がします。生産スケジュールの問題がありますから、この商習慣がなくなる事は今後も無いように思います。
そんなわけで、新緑と太陽の季節がそこまで来ているというのに、この場にない冬服の話をせざるを得ないのです。ビスポークのご注文で慣れっこの方も多いかもしれませんが、本日も数ヶ月先に着る服の話をお聞かせすること、先立ってお詫びしておきますね。
さて、前回のブログではTom Ford(とほんの少しのBurberry)の2025年秋冬コレクションから、個人的に注目したテーラードスタイルのルックを紹介しました。今回はより幅広いブランドのルックを取り上げて参ります。
まずはこちら、Diorのネイビースーツです。本コレクション限りでの退任が発表された、ディレクターのキム・ジョーンズ。そのシグネチャーであるユニークなフロントのデザインが目を引きますね。ダブルにしては被りが浅く、シングルとしては深く、あげく一つ釦という不思議な顔つきです。
メンズではあまり見られない色や素材を、スーツスタイルと組み合わせることで、性別という”境界”の溶け合う地点を探ってきた、そんな彼らしいルックだと思います。意図的に長くゆったりと設計された袖など、全体的なシルエットにもその流動性は反映されているようです。
ビスポークスーツのフィッテングとは異なる美学に基づくものにも、また別の美しさが宿る。その良い例としてもう一つ、Saint Laurentのルックも紹介しておきます。力強い肩のラインは同ブランドらしい要素ですが、こちらはやや自然で丸みもありますね。しかし、特筆すべきはその重心の低さです。
ゴージラインとウエストがかなり低めで、シルエットもボクシーです。お好きな方はピンとくるでしょう。80年代のたっぷりとした、あのシルエットなのです。その点に限って言えば、イブ・サンローランというよりむしろ、ジョルジオ・アルマーニの影響下にあるように思いました。リラックスしつつも堂々とした、マフィア映画のようなスタイルです。
しかし、全体を見ればまごう事なきサンローラン。ドン・コルレオーネのような成熟した艶っぽさではなく、若さに身を任す肉体的な色気に溢れています。特に、腿を飲み込む超ロングブーツのフェティッシュな魔力には、ル・スモーキンを生み出したドラマチックな感性を感じました。その相反する要素の取り合わせが、このルックの面白さだと思います。スタイルとは何を着るか以上に、いかに着るかに顕れるもの。サイハイブーツを履くかは別にして、この大胆さは見習いたいところです。
最後は個人的に目を引いたルックを一つ、Tod’sのダブルブレステッドスーツです。ディレクターのマッテオ・タンブリーニは、直近ではBottega Venetaのナンバー2であった方ですが、ワードローブの定番品に一捻りを加えるセンスが絶妙で、このところ注目をしています。
こちらのルックはまさにその好例で、特にジャケットのデザインに違和感がないでしょうか。そうです。前見頃の被りが、とてつもなく深いのです。左右のボタンの間隔がドーバー海峡並みに大きく、ポケットがほぼ横腹に追いやられています。
このルックに注目したのには個人的な理由もありまして。実は偶然にも、私も同様のアイデアのジャケットを、師匠に注文しているのです。クラシックな比率にもう少し馴染むバランスを目指しているので、比較すると面白いのではと考えています。仕上がりましたら、ぜひご紹介させてください。
ここまで2回に分けて、様々なブランドのコレクションを紹介して参りました。こういった類の服に馴染みがない方もいらっしゃるかとは思いますが、具に見てみれば案外に遠からずではないでしょうか。
旅をするとかえって故郷の良さも見えてくる、というようなこともありますし、クラシックなスタイルがお好きな方にこそ、モードの今をご紹介する意義があると思います。今後も定期的に書いていきますね。
次回は久しぶりに生地のご紹介です。ご興味があれば、ぜひまたご覧下さい。