春は短し

17 Mar 2025

文:佐久友基

長い冬がいよいよ過ぎかけ、この頃は空気に微かな湿り気を(そして花粉も)感じます。この季節特有の、フィルターをかけたような光に誘われ、私は既に2度ピクニックへ行きました。あの不快なところが一切ない日和は、一年の中でますます貴重なものになっています。春はこの国でいずれ、短いものの喩えとなるでしょう。

 

そんな早足な春のご注文にぜひお勧めしたい生地が、今回ご紹介するFOX BROTHERSのMIDSUMMER FOXです。MIDSUMMERとありますが、ざっくり春夏向きとお考えください。日本の真夏に心から快適と感じられる生地は、おそらくどのメーカーにも無いかと思いますので…。

同社の春夏生地といえば強撚糸を用いたFOX AIRが定番でしたが、そこに加わるのがこのウールリネンのコレクションです。向かって左が230/260gの平織り、右が320/350gの綾織りで、混率はどちらもほぼ半々です。この混率が肝で、リネンの風合いを十分に楽しみながら、ウールのしなやかな弾力で仕立て映えも叶う、絶妙な良いとこ取りかと思います。

 

それでは、いつもの通り個人的なお勧めと、デザインや着こなしのご提案です。まず、左の平織りのシリーズ。鮮やかなオレンジやベージュの、フォックスらしい奥行きある発色も目を引きますが、注目していただきたのは2列目、ブルーからネイビーへの繊細なグラデーションです。

微妙な濃淡の流れが美しく、スーツスタイルきっての定番色にも、新鮮さを感じさせる点が流石だと思いました。私は特に真ん中のMSF8番の、紫も感じるような少し褪せたネイビーがお気に入りです。こちらをダブルブレストのブレザーに仕立て、乳白色のトラウザーズ(これもまたウールリネン、あるいはリネンのものがお勧めです。)を合わせれば、映画『リプリー』のジュード・ロウが出来上がります。

またMSF7番もジャケット向きの一枚。リネン混特有の節っぽさや、白みの混ざる複雑な色の表情が分かりやすく、なかなかありそうでないブルーグレーです。こちらはシンプルにウールのグレートラウザーズを合わせるのがお勧めです。シャツの素材や靴、タイの選び方次第で如何様にも着られると思います。私であればニットタイや、リネン混の明るいタイで軽やかに着こなしたいです。

 

スーツをお考えであれば、MSF10番の最も濃いダークネイビーをぜひ。ウール地と比べた際の艶やドレープの違いを、最もご実感いただける組み合わせではないかと思います。

続いて右側の綾織のシリーズです。こちらは平織りと比べてややウールの混率が高く、織りの違いもあいまってより艶やかな質感です。まず目に留まったのはMSF15番のブラウン。赤にも黄にも振らずニュートラルで、少しグレーも混ざったような肌馴染みの良いお色です。スーツ・ジャケット問わずお使い頂けるかと思います。

ブラウンは着慣れないという方は、まずはジャケットでぜひ。一つボタンのシャープなデザインで、あえてフェードしたジーンズなどを合わせるのはいかがでしょうか。足元は春夏であればローファー、秋口にはスエードのチャッカブーツなどを合わせれば、長い季節お楽しみいただけるかと思います。

 

もう一色、私が個人的に気に入ったのがダークグリーンのMSF16番です。黒に近いような深い色なのですが、見る角度によって覗くグリーンが奥行きを感じさせます。こちらはスーツでお仕立ていただくと、いつものダークスーツと印象が変わり楽しいかもしれません。

 

このバンチがドレスにもカジュアルにも振れる、懐の深いクオリティであることが伝わりましたでしょうか?更に言えば、その名に反して季節を問わずお使い頂ける、可能性を秘めた生地でもあるのです。

 

特に綾織りのものに関しては、目付が約350g/mと確りしていますので、工夫次第で冬以外の3シーズンお召しいただけると考えています。例えば、トラウザーズやタイの素材で季節感を調整する事は勿論、ボタン選びでも着こなしの幅は広げられます。春夏に寄せるのであれば貝ボタン、カジュアルに寄せるのであれば白いラクダのボタンなど、うまく組み合わせれば生地の性格を中和・強調できるのです。

そういった理由もあり、今時期のご注文としてお勧め致しました。ビスポークの場合、納品までお時間を頂いております。秋冬を見据えられる生地であれば納品後すぐにお召しいただけますので、楽しくお選び頂けるはずと考えた次第です。

 

どのような性格の一着を目指すか確りご相談をしながら、様々にアイデアをご提案できればと思います。旬を逃さず、ぜひ一度ご覧くださいませ。それでは、また次回。