リキッドソープのうすみどり

20 Jan 2025

文:佐久友基

『許せない自分に気づく手に受けたリキッドソープのうすみどりみて』という歌があるのですが、この”うすみどり”の叙事的でありながら、同時に正確に叙情をするさまに驚いたものです。これが青でも赤でも、あるいは黄色や白でもなく、緑でなくてはならないと感じるのは、色が持つ印象のためでしょう。

 

皆さんは、それぞれの色にどのような印象をお持ちでしょうか。青は冷静や誠実を表する色、対比される赤は情熱の色とよく言われます。広義の赤と言えるピンクも含めると女性的なものとされ、その点でも青と対照的です。

 

先述の緑は植物・自然を連想される方が多いそうですが、これはごく近・現代的な現象なのだとか。そんな話を最近、フランスの歴史学者であるミシェル・パストゥロー氏の著作、『色をめぐる対話』というもので読みました。

 

氏の研究は、色や形がどのように社会で用いられ、受容されてきたかを歴史的に検証し、その象徴体系を解き明かすという、ザックリ説明するとそういったものです。本書は特に色の歴史について、対話形式で易しく論じるもので、非常に読みやすかったので、話のタネにでもなればと思い、今回ご紹介します。

 

さて、氏によれば色の象徴体系の多くは、それがごく社会的な現象であることを考えれば当然ですが、宗教世界の影響を強く受けてきたそうです。

 

例えば、現在青がこれほどに好ましい印象を持たれるのは、宗教改革の萌芽ともなる中世末期の道徳主義により、特に男性の衣装に黒とグレー、そして青が推奨されるようになったことが影響しています。さらにその以前、聖母マリアが青い衣装で描かれるまでは、何ら意味を持たない色だったのです。このコードは現代のメンズファッションでも健在ですが、興味深いことです。

赤はその長い歴史の大半で禁忌の色であり、現在も標識などにその名残りがある一方、長らく権力の象徴でもありました。中世までは青が聖母の色であったのに対し、教皇のまとう赤は権力の色、男性の色であったそう。しかし、先述の宗教改革が青を躍進させると、赤は宗教的な支配力を失い、19世紀までは花嫁衣装の代表的な色でさえあったほど、一転して女性を象徴する色となりました。

 

赤と青の敵対関係は宗教的な争いであると同時に、染色業者たちによる熾烈な経済的競争でもありました。染色は当時の一大産業であり、それぞれ異なる色の扱いのみを許可された業者たちは、自分の染める色が社会的により優位になるよう、工作合戦を繰り広げたとか。(例えば、教会のステンドグラスに悪魔を青く描かせようと賄賂を贈った、といった記録があるようです。冗談のような話ですが。)

 

これらは論じられる色の歴史のごく一部です。例えば白=無垢・純粋など、現代にその色が与える印象に鑑みても、色自体の普遍的な性質なのだろうと感じられるものもあります。しかしご紹介したように、色にまつわる象徴体系の一部は恣意的でさえあり、少なくとも地域や時代によって割とコロコロと変わるものなのです。

現代日本における色の規範性について言うと、西欧式の生活が浸透していますので、地域の歴史や文化とさえ無関係な場合もあります。例えば江戸の庶民の渋い趣味は、階級制度と豪奢禁止令が押し付けたという面があり、プロテスタント的な清貧の思想とは少し事情が異なります。”裏勝り”という裏地を目いっぱい派手やかにする着こなしで知られるように、彼らにも華やかさに対する憧れはあったのですね。

 

つまり、もっと自由で良いということです。少なくとも公には階級が存在せず、染色自体も贅沢な技術ではなくなった現代は、歴史上もっとも色のコードから自由な時代だと言えるわけですから。

 

SHEETSはイギリスに学んだビスポークテーラーであり、スーツはそもそもが舶来の文化ですので、「本場に忠実に倣いたい」というご希望には喜んでお応え致します。ただ、”本場”への見識が無ければ楽しめないものではなく、また正解も無いということもお伝えしておきます。

10年ほど前に大きな話題となった、サプールを覚えていますか。上の写真のような、スーツスタイルをベースとしながらも、独自の美意識に貫かれた明るい色遣いが特徴的な、コンゴのファッションムーブメントです。

 

洋装の受容の仕方として、倣うべき部分があると私は感じました。サヴィルロウではお目にかかれない、パレードのような派手な色彩を真似ろと言うのではないですが、日本にも日本なりのスーツの楽しみ方が育ってくれば、文化としての裾野もさらに広がるような気がします。

 

カレーに出汁を入れ、味噌でラーメンを作り、パスタに明太子を和える国です。装いにおいても同じことが出来ないわけはありません。そして、サプールの第一人者によれば、スタイルを決定づける最大の要素は色だといいます。これは、日本のファッションシーンを代表する一人である、栗野宏文氏もたびたび仰っていますね。

 

当店で扱うイギリスの生地バンチは、控えめで落ち着いた色合いのものが多いですが、一冊に何枚かは少し”攻めた”色柄のものがあったりするものです。たまには端から端まで捲ってみるのも良いかと思います。ちなみに、パストゥロー氏は『色をめぐる対話』を次のように結んでいました。

 

「事情がわかったうえで色を見るべきでしょうが、それと同時に自発性とある種の無邪気さをもって色を使うべきだと思いますよ。」