季節の数え方
05 Jan 2025
文:佐久友基
正月休みは本日まで、という方が多いでしょうか。既に仕事始めを済まされた方、我々も同じくです。本年も健康第一で、良い一年に致しましょう。
『目覚めたら息まっしろで、これはもう、ほんかくてきよ、ほんかくてき』という穂村弘先生の歌がありますが、季節には微妙な境目のようなものがあるようです。日本には四季があると言うものの、例えば”本格的な冬”と呼べる時期はごく限られており、実際には冬っぽい秋と冬っぽい春が、なだらかなグラデーションで連なっています。
結局一年の殆どは、どの季節とも言えないがどの季節とも言えるような、そんな気候でしょう。そう考えますと、何時用とも言えないような塩梅の、合物のスーツがやはり最も役立つのかもしれません。
というわけで今回も引き続き、合物(3シーズン用)生地をご紹介して参ります。前回の2つはどちらもオーソドックスなスーツ生地で、見慣れた類のものであったと思いますが、今回は少し変わり種でございます。
通算3つ目は、Fox Brothers社のWORSTED FLANNELです。270/300gという軽い目付が最大の特徴です。同社の合物といえば、FOX CITYという強撚糸を平織りした生地が有名ですが、今回はフォックスならではのフランネルを選びました。
フランネル=冬物、という認識はごく一般的かと思います。確かに空気を含みやすい紡毛のフランネルは、風合いも相まって冬向きの生地です。しかし、こちらはウーステッド(梳毛糸)で織られたもの。コームで引き揃えられた原毛は毛羽が少なく滑らかで、フランネルのふわっとした質感をやや引き締めてくれます。そのため、秋口から春先まで幅広い季節にお召しいただけるのです。
定番のずっしり重いCLASSIC FLANNELなどと比べると、かなり薄手で軽い生地です。心許なく思われるかもしれませんが、そこは英国を代表するミル。打ち込みがしっかりとしており、耐久性や仕立て映えも間違いありません。コートを羽織ることが前提ですが、東京程度の寒さであれば 400〜500g/mのものよりむしろ快適かもしれません。
そして何より、この色みがフォックスの真骨頂です。バックグラウンドであるカントリーテイストを感じさせる、アースカラーの繊細なグラデーション。特にグリーンは同社の鋭い色彩感覚が顕れており、グレーと並ぶキーカラーと言えます。また柄物、とくにチェックのバリエーションも魅力的です。こちらであればスーツとしてだけでなく、上下それぞれを自由にスタイリングしていただけるかと思います。
ここまでの3つはいずれも、夏を除く春・秋・冬の3シーズン用の生地でした。最後にご紹介する生地は数え方が逆で、夏を中心とした春から秋までの合物となります。
それが、William Halstead社の2plyウールモヘアです。強撚のウールフレスコや多彩なモヘア混といった、盛夏用の生地に定評がありますが、こちらは330g/mの合物です。Dormeuil社の歴史的名作・Tonikと同種の生地、と言えば分かりやすいでしょうか。そこそこ目付があるため、真冬を除く長い季節お召しいただけるかと思います。
モヘアとはアンゴラ山羊の毛で、ウールと比べてハリやコシが強い素材です。シャリ感があるものが多いため、夏向きだと巷ではよく言われます。しかし、先述したトニックの元祖は400g/m近い目付であり、冬場も裕に着られるほどの重さがありました。聞くところによると、そもそも春夏用ではなかったという説まであるとか。
モヘアに独特のシャリ感がある事は確かですが、風合いは混率などによっても変わります。こちらの生地はモヘアが30%です。ウール100%よりややコシは感じますが、シャリ感はそこまで強くありません。着用時期については目付や実際の手触りを基準に、柔軟に考えるのが宜しいかと思います。
むしろモヘアが持つ防シワ性といった利点に着目すれば、一着目のスーツとして最も相応しいクオリティの一つと言えるかもしれません。吊るしておけば自然にシワが取れるような復元力があり、お手入れも楽です。耐久性も十分にありますので、長くご愛用いただけます。
ベーシックな無地が揃っており、特に黒と生成りでおられたグレーは、これぞモヘア混といった王道です。個人的には2枚目のブルーグレーの、青すぎず暗すぎずな色みが絶妙だと感じます。スタイリングのしやすい色だと思いますので、最初の一着にはもってこいです。
いかがでしたでしょうか。今回は3シーズン用の生地について前後編に分け、当店で扱うブランドの中から厳選し、毛色の異なる4種をご紹介致しました。着用される場面や頻度、生活のスタイル、装いの趣味によって、それぞれ適した生地があります。合物だけでも紹介しきれなかったものが沢山ありますので、ご来店の際にはぜひご案内させてください。
それでは、また次回。