明けのご挨拶(そして合物)

03 Jan 2025

文:佐久友基

明けましておめでとうございます。新しい年の始まり、いかがお過ごしでしょうか。家族や友人と賑やかにお集まりの方も、お一人の時間を満喫なさる方も、どういった形であれおだやかな時間になっていれば嬉しいです。

 

正月に限らず、私は休みを持て余すタイプなので、何をするべきか決めかねて毎年まんじりとしている気がします。TVゲームに夢中だった子どもの時分、休みなど幾らあっても足りなかったことが懐かしいです。

 

今はもうゲーム全般にすっかり疎いのですが、大人がハマると子ども以上に研究熱心になる事が多いようです。例えばこれはポケモン愛好家の方に聞いた話で、ポケットモンスターにおいて、最初に選ぶポケモンというのは案外に重要なのだとか。

 

それぞれの特徴によってゲームを攻略する難易度が多少変わり、ランダムに付与される個体ごとの性格が、育て上げた時の能力を左右するそうです。私は見た目でパパッと決めていたので、最初のポケモンを選ぶ時点で攻略は始まっていたのかと、目から鱗でした。

 

攻略の過程で仲間に加えるポケモンの選別についても、自ずと最初に選んだものとの相性に影響されるそうですが、これに関しては私も合点がいきました。そういったことはなにもゲームに限らず、我々も生活のどこかで聞いた話だと思うのです。

 

ワードローブの構築においても然り、最初の一着は重要です。その一着に合うコート、合う靴を買い揃えることになり、さらに今度はそのコートや靴に合う服が必要になってきます。これらを繰り返して完成するワードローブの祖として、初めてのご注文は大いに悩む価値があります。先述のポケモンと全く同じ話です。

 

ただ、闇雲に片端から生地を触りまくるというのは、ご負担に感じられる方もいらっしゃるかと思います。そこで今回は、当店で仕立てる最初の一着としておすすめの生地を、各メーカーの特徴を簡単にさらいながらご紹介したいと思います。

 

先立ってひとつ。1着目のスーツには3シーズン用を希望される方が多いという前提に立ち、今回は目付が270340g/mの合物に限ってお話します。そのため当店の大定番である、Harrisons of Edinburgh社のOysterや、Fox Brothers社のCLASSIC FLANNELなどは含めません。これらをご検討される方は、以前のブログでそれぞれ詳しくお話しておりますので、ぜひ併せてご覧ください。

一つ目は、Yorkshire Textiles社の生地です。こちらはバンチではなくカードでのご用意になります。名門ひしめくイギリスの生地ブランドの中にあって、ややマイナーなマーチャントですので、聞き馴染みがないという方も多いかもしれません。

 

しかし、5150年に渡り業界を生き抜く老舗であり、その品質は間違いのないものです。特に注目すべきは、バーズアイやシャークスキンといった、伝統的な柄のスーツ生地でしょう。色みやタッチ、打込みの程度といった全ての要素で、ブリティッシュスタイルを過不足なく叶えてくれます。ちなみに、オーナーの森田が最もよく着るスーツも、こちらのバーズアイで仕立てたものです。

 

この過不足なくという点が重要で、余計な味付けが一切ないのです。バリエーションにも引き算のセンスが感じられ、最初の一着にごくシンプルなものをお考えであれば、これらのカードを見るだけで事足りるかもしれません。ご自身の求める生地のイメージを明確にするためにも、まずは基本のキとしてご覧になると良いかと思います。

お次は、H.Lesser & Sons社から。同社の代名詞とも言うべき、LUMB’S GOLDEN BALEです。ご存知の方も多いかと思いますが、改めて簡単にご説明致します。

 

ラムズゴールデンベールとは、メリノ羊の中でも僅かからしか収穫できない、極細の原毛を指します。その飼育に成功した牧羊業者に与えられる、Golden Bale Awardという賞に由来するそう。そんな希少な原毛から紡いだ糸を使うのがこのバンチ、というわけです。

 

大雑把に言えば、最高級のウール地といったところでしょうか。その質の良さは一目瞭然で、カシミヤ等と並び称されるに相応しい、しっとりした上品な艶があります。しかし、我々が薦める理由はそこではありません。

 

それは、生地の肉感です。ラグジュアリーな服地と聞いてイメージする、柔らかなタッチとは一線を画します。良い意味でウールらしいハリコシ、強い弾性があります。握り込んだ時にむっちりとした肉を感じる、絶妙な質感です。

 

実は、その握った感触が最も近い生地こそ、冒頭で名前を挙げたHarrisons of Edinburgh社のOysterです。当店の仕立てに最も適したクラシックと言うべき逸品なのですが、400g/mとやや重いため、今回はご紹介できませんでした。

 

そこで、このラムズゴールデンベールなのです。330g/mという合物向きの目付でありながら、あの絶妙な肉感が叶うのです。英国ど真ん中をいく抑制の効いたバリエーションで、全体的にやや曇りのある色みも当店好み。合物版のOysterとして、当店におけるもう一つの究極の普通として、おすすめ致します。

 

もう2つ、ご紹介したい生地があったのですが、あまりに長すぎるため前後編に分ける事に致しました。ご興味をお持ちくださった皆さま、次回の更新をお待ちいただけますと幸いです。

 

それでは、昨年中のご愛顧に改めてお礼を申し上げると共に、当店と関わる全ての皆さまの幸多き一年を祈ります。本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。