雪であることをわすれているような
18 Dec 2024
文:佐久友基
記録的な暖冬とされた昨年と比べると、今年の冬はいくぶん冬らしいとか。ラニーニャ現象の影響でシベリアの寒気が流れ込む、ということになっているようです。東京では師走を迎えてなお、最高気温が20度近い日もありましたが、この所の冷込みを見るにいよいよ冬本番と思われます。
題にしたのは笹井宏之さんの短歌で、「ゆきだるまからもらうてぶくろ」と続きます。とても愛らしく好きな歌ですが、人間は手袋だけではいられませんので、コートはぜひビスポークでどうぞ。
既に12月も後半でございますので、次の冬に向けたご紹介となってしまうのですが、冬らしい冬を目前にコートの暖かみを、鰻屋の煙よろしく振り撒かせていただきます。
さて、コートと一口に言っても様々なデザインがあり、フィッティングやスタイリングもそれぞれです。中でも、ビスポークテーラーである当店で勧めるのは、テーラーメイドの王道といえるもの。チェスターコートやアルスターコートといった、獣毛生地を用いる重厚なコートです。
トレンチコートやバルカラーコートのような、ややゆったりとした傾向にあるものと比べ、ジャケットに近い作りのものはより厳密なフィッティングが求められます。着心地の違いが如実に顕れる形であり、ビスポークの強みを感じて頂きやすいと考えています。
また、重量のあるコート生地は、面積の広さも相まって良し悪しが分かりやすいものです。本日ご紹介するような生地はもれなく最高の品質を備えておりますが、生地にそれだけのコストをかけられる既製服メーカーは多くありません。色柄にまで拘れば、完全に満足できる商品は稀でしょう。限りなく思える選択肢の中から、思うままを叶えられる自由も、ビスポークが提供する価値なのです。
本日はコート生地4枚をご紹介しつつ、デザインや着こなしも併せてご提案したいと思います。実際のコートの写真も掲載しますが、いずれもご紹介する生地とは別物ですので、参考までにご覧ください。
まずは、Harrisons of EdinburghのCASHMERE&LUXURY OVERCOATINGSから、ラムズゴールデンベールに15%のカシミアを加えた1枚。同バンチにはカシミヤ100%の生地もあるのですが、それらに負けない眩い光沢がありつつ、ウール特有のコシも感じられるのが特徴です。華やかさと耐久性を兼ね備えた、まさに一生物と言えるコートに仕上がるでしょう。
ダブルブレストのチェスターフィールドコート、この一択かと個人的には思います。非常にラグジュアリーな雰囲気で、重厚感のある生地でございます。合わせのたっぷりとしたダブルブレストで、贅沢に生地を楽しんでいただきたい一枚です。
合わせはぜひ、当店のクラシックでもある3ピースのスーツをどうぞ。先述したハリ感ゆえか、オンスよりもシャープな印象のある生地ですので、当店の仕立てとの相性は非常に良いです。艶があるため、生地は梳毛のものがより自然でしょう。今回ご紹介した濃紺であれば、スーツの色には悩まずお召しいただけるかと思います。
お次は同じバンチから、カシミヤ100%のキャメルカラーでございます。色みやオンス違いで幾つかバリエーションがあるのですが、こちらは赤みが少ないズバリのキャメルで、620g/mのものです。先にご紹介した生地のズッシリと目が詰まった重みと比べ、厚みはしっかりとありつつも、カシミヤらしい軽さもあるのが特徴です。発色が素晴らしいので、思い切って色ものを選ぶのも良いかと思いました。
こちらは少しカジュアルに、ポロコートでいかがでしょうか。大きな上襟やこれまた大きなパッチポケットが特徴のスポーティなコートです。後ろ見頃には深いインバーテッドプリーツが入り、先ほどのチェスターフィールドコートよりも概してゆったりした着心地です。
クラシックな紳士服では珍しく、このコートを現在の形で普及させたのはアメリカだと言われており、あのブルックスブラザーズが産みの親なのだとか。そんな歴史も踏まえつつ、ネイビーブレザーにグレーフランネルのトラウザーズを合わせてはいかがでしょう。タッセルローファーとの相性は言わずもがなですが、シングルモンクで少しフレンチアイビーを香らせるくらいが個人的には気分です。
3枚目はグレーのヘリンボーンです。縞も太くパキッとした存在感のある柄ですので、大ぶりな襟のアルスターコートをお勧めします。いつもより少しゆったりしたフィッティングで、リラックスした雰囲気を出すのはいかがでしょう。ベルトを付けるのも良いかもしれません。
元来、旅行用であったものですから、やはりカジュアルなスタイリングが合います。スーツを合わせるならブラウンのツイードや、ベージュのフランネルなどいかがでしょうか。タートルネックのセーターにデニムやチノのジーンズ、といったラフな着方も個人的にはおすすめです。セーターは肉厚なものを、ボトムスはタイトすぎないものを選ぶよう忘れずに。足元はスエードのチャッカブーツなど、ある程度ボリュームと暖かみのあるものが良い気がします。
最後はFox Brothers社のEXMOOR OVERCOATINGから、美しい鶯色のウール地です。これは完全に私の趣味です。この生地を見た瞬間、オスカー・ワイルドが着たというグリーンのコートを想像しました。掟破りのロマンティックな色彩と貴族的で華やかな素材使いで、社交界の寵児となった彼に倣いたいところです。
ということで、こちらはチェスターフィールドコートに、そしてぜひ上襟をベルベットで仕立てましょう。裏地には柔らかいピンクやイエロー、補色のパープルなど左岸を彷彿とさせる色彩を取り入れるのもオススメです。
ラペル付きウエストコートの3ピースを細身に仕立てた、エドワーディアン的なスーツが完璧にハマるはずです。行くところまで行く方は、ハットも用意されてはいかがでしょう。当店ともご縁のある素敵な帽子職人さんがいらっしゃいますので、その時にはぜひ紹介させていただきます。(個人的には、デニムのセットアップにバイカーブーツなど、キアヌ・リーブスのような気楽なスタイルに適当に羽織るのもアリです。)
いかがでしたでしょうか。進むにつれ、私の趣味と物欲が全開となってしまいました。お察しの通り私自身、コートが欲しいのです。皆さまもつられて頂ければ、筆者冥利につきます。それでは、また次回。