ニュアンスしましょ

03 Dec 2024

文:佐久友基

最近、ほんのりラベンダーのラメが入ったハイライトを買いました。私の肌は極度のイエローベースですが、これをこっそり仕込んで、ポカリスエットのような透明感を手に入れようと企んでいます。

 

うっすら肌に青みが差す程度で、ほぼ色は出ない商品です。「こんなに薄くて、塗る意味があるのか?」と疑問に思うかもしれません。しかし発色は微かでも、全体の印象には確かに寄与します。メイクはディテールの集積であり、それぞれの微妙な信号を巧みに捉えねばならないのです。

 

化粧という技巧において偉大な先輩である女性たちから、男性の私が学ぶことは多々あります。しかし、男性にニュアンスを感じとる習慣や能力がなかったかというと、決してそうではありません。

 

男性もファッションの分野では、繊細な差異のゲームを楽しんできました。袖のボタンの数や重ね方が記号となり、ポケットの仕様が歴史と紐づく意味を持ち、ゴージの僅かな上げ下げにセンスが問われる。それがスーツです。

 

そして、その作り手に求められる感覚の鋭さは、メイクアップアーティストのそれと同様だと感じます。スーツのデザインはシンプルであり、その変数は多くありません。その服が持つべきムードを生地や型紙だけでなく、シーム一本、ステッチ一本の積み重ねで表現する必要があります。

 

今回は、オーナーの森田が実際にどんな視点で技術的な選択をし、服の仕上がりにどう影響するかについて、一つ興味深い話が聞けました。前回に続いてお客様の服を例に取り、ご紹介していきます。

 

 

2度目のご登場、Dugdale Bros & Co Undyed British Woolで仕立てました3ピーススーツです。当店では珍しい服だと思います。4釦の仕様やコットンの裏地といった、お客様の個性が色濃く出たディテールは勿論ですが、服全体の雰囲気がいつものSHEETSとはどこか違いました。何と言うか、良い意味で柔らかい、角の取れた丸みがある気がしたのです。

 

製作にあたって意識的に普段と変えたことを訊くと、最初に口にしたのはやはり芯地でした。生地の重さや毛羽の程度によって、芯地のつくりも変わります。今回は、標準的なウーステッド地に使うものと比べ、やや肉があり、表面に毛羽のあるものをベースにしたそうです。

 

芯地の毛羽と起毛した表地の間には、少しの空間が生まれるのですが、着ているうちに毛羽同士が絡むことで安定します。これが服に可塑性をもたらし、着る人の身体の動きに合わせ、変形していくのです。いわゆる、着込むと馴染むの正体ですね。

 

鎧のような梳毛のスーツに比べ、やや柔らかさを意識するなかで、より生地の特徴が活きる芯地を選んだという事です。この判断は全工程の中でもかなり大きな要素ですが、例えば同じツイードでも、デザインにより更に細かな仕立ての違いが生じます。

 

さて、ここで一つクイズです。次の2つのジャケットには、仕立ての異なる部分があるのですが、どのような違いがあるでしょうか。じっと目を凝らしたり、ふっと全体を見たりしながら、ぜひお考えください。

 

 

ヒントは袖です。

 

お気づきになりましたでしょうか?

正解は「上袖と下袖の縫い目の縫い代に、ステッチが入っているか否か」です。ピンとこないと思われた皆さま、私の撮った写真の問題です。申し訳ありません。

 

では、この写真からでも何となく感じ取れそうな違いで申し上げましょう。1枚目に比べて、2枚目の袖に少し丸みを感じませんか?何となくふっくらした感じがありませんか?我々にとって2つの袖の雰囲気には違いがあり、それはまさしく「縫い代にステッチが入っているかどうか」が影響しているのです。

 

このステッチ、職人ごとに扱いが違うのだとか。ボディのシームも含めて基本的に全て入れる、という方もいらっしゃるそうです。縫い代の補強にもなるためだろうと思いますが、外観に大きな影響を及ぼすため、当店ではデザインの方向性なども勘案し、総合的に要否を判断しています。

 

縫い代にステッチを入れると、表地にぷっくりとした立体感が出ます。これも服の表情には十分影響しますが、ステッチの力加減によっては更に別の効果も生まれます。糸の引き具合をやや強くすると、僅かに生地を縮ませられるのですが、その縮みが連なることで、シームに沿って丸みが出るのです。

 

1枚目の袖はスッキリとシャープなラインが出ているのに対して、ステッチを入れた2枚目の袖がふっくらと丸いのはこのためです。どちらが良い悪いではなく、あくまでデザインに合わせるものとお考えください。(生地の性質によって、そもそも縮みによる丸みが美しく出ない場合もあります。)

 

ちなみに1枚目のジャケットは、見頃のシームにはそのステッチが入っています。「袖にまで入れるとやりすぎ、けどすこし立体感はほしい」という意図だったそう。表現したい服全体のムードを考えながら、ニュアンスを調整する手段として柔軟に用いているわけです。以前、服の雰囲気はディテールの総和と書きましたが、その良い例かと思います。神は細部に宿るとはよく言ったものです。

 

話は戻りますが、私がラベンダーのハイライトを仕込むのと、何だか似た話ではないでしょうか。とにかく微に入り細に入り、素敵に見えるよう技術を尽くすのです。万が一伝わっておりませんと勿体ないので、言わずが花の森田に代わり、私が野暮をさせていただきました。

 

私の書くことは歌集の巻末にある、訳知り顔の解説のようなものです。本編は過不足なく成立しているにも関わらず、それを説明しようとするお節介なのです。ただそのお節介で、歌の味わいにキリッとピントが合ったりすることもあります。お読みの皆様の中で、ビスポークスーツの面白さ、SHEETSの魅力がよりクッキリとしたなら幸いです。

 

ずいぶん長くなってしまいました。お付き合い頂きありがとうございます。途中で諦めてしまった方にも、どうにか届きますように。それではまた次回。