6つ釦、上だけ留めるか?下まで留めるか?

16 Nov 2024

文:佐久友基

スーツの着こなし術の一つに、アンボタンマナーというものがあります。「肥満だったエドワード7世が、窮屈さに耐えきれず外した」など諸説ありますが、いずれにせよ20世紀の初めが起源とされる、「シングルのフロントボタンは一番下を留めない」という慣例のことです。

 

その後、特に1930年代を境に、スーツのデザインには小さくない変化があり、一番下のボタンは物理的に留めにくくなって、今では単なる飾りとなっています。しかし、それ以前のジャケットは今よりずっと寸胴で、フロンカットが直線的、加えてボタン位置も高かったため、ボタンを全て留めても設計上の問題はありませんでした。つまり、一番下のボタンの扱いも、着こなしの領域にあったとも言えるのです。

 

ボタンの配置や掛け方は、着る人の個性が最も発揮される要素の一つです。ウインザー公が愛用した22掛けのパドックカット、ラルフローレン氏の6釦下1掛けなどは特にアイコニックなものでしょう。現在の英国王室きっての洒落者である、マイケル・オブ・ケント王子の6釦下2掛けからは、彼の海軍出身の出自が香ります。

 

とは言ったものの、一般的な市場に見られるバリエーションは、ほぼ3つのみと言ってよいでしょう。シングルの2釦、段返り3釦、次にダブルブレストの6釦。さらに言えば、前の2つが圧倒的な割合を占めているはずです。

 

当店でもシングルの21掛けは最も基本的であり、最も多くの注文をいただくスタイルです。100年続く完成されたデザインであり、この先もモダンな衣服の形の一つとして、ジーンズなどと共に生き続けると思っています。

 

しかしながら、様々な選択肢を検討した上で王道を選び取る事と、何となく王道に収まる事は違います。中庸と凡庸は非なるものであり、我々には幅広いご提案をする責任があるのです。そんなわけで、今回はお客様から実際に頂いた注文の中から、当店の中では少し珍しいデザインのものをご紹介します。

それがこちら、Dugdale Bros & Coのツイード(旧Marling&Evans)で仕立てた、シングル4釦の3ピースです。Vゾーンは極端に狭く、ややAラインのシルエットが特徴的です。スーツの原型と言われるラウンジスーツのようですが、100年前のノスタルジアを忠実に追求するわけではない所がミソかと思います。

 

例えば、ウエストコートの裾は現代的な剣先のあるスタイルですし、ウエストにはしっかりダーツが入っています。これらはエドワード朝にはあまり見られないもののようで、むしろ60年代のモッズスーツのように見えなくもありません。

 

そこに合わせた生地もまた異色で、着れば羊になれそうなパワフルな野趣に溢れる代物。コットンの裏地も相まって、ポール・ハーデンを想起させます。実際、彼のブランドのデザインソースと、お客様がリサーチされたものは、どこか通ずるものがありそうです。

そうした様々な要素が、当店らしい端然とした仕立てと掛け合わさる事で、何とも独特な雰囲気を生んでいるように思います。現代では4釦自体がかなり珍しく、体を覆う範囲が広いこともあって、古めかしさやドッシリとした圧迫感が出がちです。一方こちらは、生地と仕立てによるものなのか、少し柔和な印象や都会的な端正さも感じるのです。

 

懐かしさはありますが野暮ではなく、凝ってはいますが軽やかです。ヴィンテージショップでも、アルチザンブランドでも手に入らない、ビスポークテーラーであるSHEETSならではの一着と言えるのではないでしょうか。

 

スタイルとは何かに固執する事というより、自分の心に忠実であり続けることで生まれるものだと思っています。移ろうことを否定せず、その時々の感じたままを信じた足跡が、振り返ってスタイルと呼ばれるのでしょう。

 

クローゼットに何か新しさを加えたいと感じた時には、ぜひご相談ください。想像をした後に引き返したって良いのです。新しい刺激が既にあるモノの魅力を思い出させてくれる事もありますから。そのキッカケになるようなアイデアを、我々も引き続きご紹介して参ります。

 

こちらのスーツについて師匠と話をする中で、技術的な興味深い話も聞けたですが、思いのほかフロントのデザインの話が膨らみましたので、そちらはまた次回に。では、よい週末をお過ごしください。