『Visionaries: Interviews with Fashion Designers』①
02 Nov 2024
文:佐久友基
師匠から面白いインタビュー本を拝借しましたので、特に印象に残ったものや、SHEETSとも関わりのありそうなものを抜粋して、ちょくちょくご紹介していこうかと思います。というわけで、今回はこちら。
(Q. 両性具有というのは、女性の服を最も現代的に表現した言葉ですか?)
「両性具有とは過去からの考え方です。女らしさにはいろいろな形があります。」
Helmut Lang
私が日常的にメイクを始めたのは5年ほど前。男性のメイクは今ほど一般的ではなく、店員には決まってプレゼント探しと勘違いをされましたし、タッチアップをしてもらえないお店もザラでした。
そんな頃、小さな子から「女の子になりたいの?」と訊かれたことが、記憶に深く残っています。令和元年、ジェンダー規範の現在地を、そこに見た気がしたのです。「お兄さんはお兄さんのまま、綺麗になりたいんだよ」と私は答えて、その考えは今も変わりません。
女性もまた同様に、女性の領域の不当な狭さに閉じ込められてきた歴史があります。ファッションに関して言えば、公にパンツを履く権利が女性に開放された、イブ・サンローランの“ル・スモーキン“はたった50年ほど前のこと。それも当時は男装の域を完全には脱せず、マスキュリンという言葉と共に、ある種の倒錯的な魅力を持つものとして受け止められました。
このサンローランが開けかけた革命の端緒を、一気に引っ剥がしたのがヘルムート・ラングだと言えるでしょう。彼の革新性の一つは、ストリートファッションの美学をハイファッションに持ち込み、承認させたこと。それにより、身体と衣服の関係の完全な対等を宣言したことです。
服が体に先立つディオールのニュールックとも、体を服がピッタリなぞるアライアのボディコンシャスとも違う、付かず離れずの並列的な関係。それを川久保玲らとは異なり、より自然にさりげなく見せる彼のスタイルは極めてモダンです。そしてそれは、男性が独り占めしてきたスーツのモダンとまさしく同じものなのです。
ラングの表現は性的にもニュートラルであり、肉体を過度にセクシーに見せようとはせず、また服からもかつて記号として持っていた意味(それこそ、スーツ=男性的というような)を切り離しました。そして、先に紹介した言葉に繋がります。
女性がスーツを着ること(モダンな価値観に貫かれたスタイルで装うこと)は、男性らしさの借り物ではなく、女性らしさの新たな領域に過ぎないと、彼は言っているわけです。その後、広がり続けた領域はやがて溶け合って、現在では男女の区別がないコレクションも一般的になりました。こうした話は、SHEETSとしてもかなり共感できると思っています。
オーナーの森田は女性です。未だ職人もお客様も男性中心の業界ですから、珍しがられることも多々あります。以前メディアの取材をお受けした際も、「女性もののスーツ」の着こなし等についてご紹介するといった内容で、デザインに対する考え方など、当店の物作りについてまでお話しきれなかった事がありました。当店はごく一般的なビスポークテーラーであり、レディースの専門店ではないのですが、そうした誤解が起きてしまう現実があります。
ファッションデザイナーに男性が多いのは周知のことでしょう。ストレート男性でない方も多くいるという事はおそらく事実ですが、どちらにせよドレスなどの典型的な女性服の着用者ではない場合が殆どです。対して、女性は今や当たり前にスーツを着るのですから、女性がスーツを作ることはなお自然なはずではないでしょうか。
ビスポークスーツの世界が極めて男性中心であることは、働き手不足といった諸問題と無関係ではないように思います。後進の皆さんのため、またテーラリングという技巧の繁栄のためにも、女性であることが下駄にも枷にもならないと良いなと、個人的にも思っています。
さて。話が逸れましたが、当店ではメディアでのご紹介のおかげもあり、女性のお客様にも多くご利用いただけるようになって参りました。ただ、たった今”女性の”と申しましたが、実はSHEETSの服に性別による区別はありません。男女の体つきの違いについて、なで肩だとかお腹が出ているといった、個々人の体型の違いと等しく捉えているためです。我々はただ、それぞれのお客様を最も美しく快適な形で包むだけなのです。
我々は老若男女どんなお客様にも何の遠慮もなくご利用いただきたいと思っております。「ビスポークスーツなんて女性には馴染みがないし…」とか「ピンクのツイードは派手すぎるだろうか…」とか。全部、バッチこいなのです。ちなみに私が一番好きな色はピンクです。歯ブラシは長年いつもピンク色です。
「◯性としてどうだろう…」ひいては「自分にはどうだろう…」といった凡ゆるためらいを、一旦脇に抱えていらしてください。皆さまが新しい領域へと踏み出す、その後押しを我々が出来れば幸いです。それに、アレキサンダー・マックイーン曰く「たかが服」ですから。皆さんが今日も好きな服を好きに着て、ご機嫌で過ごせるよう願っています。