立てば芍薬、座ればボタン

26 Oct 2024

文:佐久友基

良いボタンは美味しそう。SHEETSオーナーの森田はそう話します。確かに質のよい水牛ボタンなどは、その艶やかさや繊細な色のグラデーションが、まるで飴細工か何かのように見えたりする、気がします。

 

生地について一家言ある方は多いですが、ボタンについてはどうでしょうか。このブログはぜひ、お手持ちの服のボタンを眺めつつ読んでみてください。

 

さて、当店で使うボタンはほぼ例外なく、懇意にしているヒシダボタンさんで調達しています。3年前に創業100年を迎えられた、老舗中の老舗です。スーツなどに用いるシンプルなものから、鮮やかな七宝、果てにはキャラクターものまで、まるで博物館のようにボタンが並んでいます。

 

店主の菱田さんは二代目であり、家業を継いでいらっしゃいます。ただ、単に跡継ぎであったからという理由で、この仕事をされているとは思えません。八十を越えた今も骨董市に通い、アンティークのボタンを買い集める菱田さんは、そもそも生粋のボタンオタクなのだろうと思うのです。

例えば、このヴィンテージの貝ボタン。数ある原料の中でも貝に目がない菱田さんは、この細工の美しさに惹かれて、同業の方から買い受けたそう。そして、この技術と意匠が失われることを惜しんで、工場にレプリカの製作を依頼したのが、右の台紙のものです。

 

「元見本」とあるオリジナルと比べると、切り込みが浅く均一すぎるのが分かるでしょうか。「やっぱりこの細かさは機械じゃ難しいんだよなあ」と話しながらも、その表情がとても楽しそうであったことが印象的です。例えばカブトムシに目を輝かす少年のような、無垢な愛着が伝わる瞬間でした。

 

そんな菱田さんから我々が縁あってお譲り頂くボタンには、在庫限りのものも少なくありません。今回はそうした貴重なボタンから幾つか、生地とのコーディネートと併せご紹介します。

まずは、このマーブル模様のボタン。ボタン業界で3番色と呼ばれるもので、オランダ産の水牛の角から作られています。作られていた、と言った方が正しいでしょうか。この角を持った品種は、現在はあまり育てられていないそうです。

 

かつて水牛の角は幅広い製品に使われましたが、時代の変化と共に需要が減り、飼育の簡単な角のない品種に置き換わっていったのだとか。その結果、この原料を新しく入手する事が難しくなってしまったわけです。特にこのマーブル模様は、角の中でも先端部分からしか採れないため、非常に希少なものと言えます。

 

天然の素材特有の色ムラは、プラスチックには表現できない美しさがあります。特に淡い色合いのものを同系色のジャケットに合わせれば、いつもの濃色ボタンの引き締まった印象とは違う、優しい雰囲気が出て新鮮です。

お次も水牛ですが、先ほどのものより色も濃く、やや角のあるシャープなデザイン。エッジの鋭さや面同士の角度が非常に美しく、森田のお気に入りボタンの一つです。こちらの原料は今も供給されていますが、手がけていた職人の逝去により、同じカットのものは生産できなくなってしまいました。

 

カットに使う刃は職人ごとの手作りで、機械式のものよりも滑らかなラインが出るそう。実際に触ると、シャープな中にも確かにふくよかさがあり、特に裏側の厚みを感じる手触りがたまらなく良いのです。この厚さと鋭さのコントラストがこのボタンの特徴で、特に重さのあるコート地に合わせると、生地の目付に負けない存在感があります。

 

トラウザーズを含めた全体のバランスが重要なスーツと比べ、コートのボタンは服の表情により決定的な影響を持ちます。裏を返せば、その服の顔になるような、華やかさなものも選びやすいわけです。コートをご注文の際はぜひ、ボタン選びもお楽しみください。

最後は、ブレザーにぴったりなものを3つ。ヒシダボタンさんの品揃えの中でも特に個性的なのが、これらのメタルボタン。中でも私が個人的に勧めたいものを選びました。

 

真ん中の立ち姿が美しい犬のボタンは、50年ほど前に制作したオリジナルなのだそう。背景の彫りの繊細さが伝わりますでしょうか。わけもなくボタンを付け外ししたくなる楽しい手触りです。ゴールドのものや七宝を施したものなど、幾つかバリエーションがあります。愛犬家の方、必携です。

 

向かって右、爽やかなヨット柄の七宝ボタンは、柄違いがございます。スキーにゴルフにテニス、ハンティングと紳士のスポーツが勢揃い。いかにもヴィンテージらしいモチーフとエイジングで、いかにもなジャケットには欠かせないかと。縁のあるものを選ぶもよし、見た目で選ぶもよし、アソートでバラバラにつけるのも良いでしょう。紳士も淑女もそれ以外の方も、自由にお楽しみください。
(狩猟と聞いて心が痛む優しい皆さんは、野鳥の会だと思ってぜひ。)

最後は左手、土壁のようなザラッとした質感が特徴的なゴールド。実はこのボタンには特別な思い入れがあります。私がSHEETSのお客さんであった頃、初めて仕立てたブレザーに付いていたのが、このボタンでした。

 

凹凸で鈍く光る表面とは対照的に、側面は滑らかに磨き上げられており、その零れるような光が一層際立って、ひと目で気に入りました。何より、私のブレザーによく合っていたのです。ボタンについて一切相談しなかったにも関わらず、それ以外にはあり得ないと感じるほど、ピッタリ合っていました。ボタンの重要性に気付かされると共に、師匠のセンスを垣間見た瞬間であり、記憶に残る印象的なボタンです。

 

というわけなので、ボタンまで選ぶなんて難しくって面倒だ!という方は、ぜひドンとおまかせください。その生地、仕立て、デザインに一番合ったものを見繕います。かつて見繕ってもらった私が保証しますので、ご安心を。

 

この記事を書くにあたり、当初はヒシダボタンさんの歴史などについても色々お伺いするつもりだったのです。ただ、あるYouTubeの動画でその辺りをとても丁寧に取材されていたものがありましたので、我々は少し違った角度でご紹介させて頂きました。最後にそちらのリンクをご案内致します。ぜひぜひ、併せてご覧ください。

 

 

最後に、ボタンのこともそれ以外の事も、大変お世話になっている菱田さんと奥様に、この場を借りて感謝申し上げます。弟子の私までいつも気にかけていただき、嬉しくありがたく思っております。どうぞ健康第一で、ずーっと元気でいてください。これからもよろしくお願い致します。