英国らしく

22 Sep 2024

文:佐久 友基

SHEETSの仕立てはブリティッシュスタイルをベースとしています。と一口に言いますが、それがどのようなものか、あまりピンとこない方もいらっしゃると思います。

 

巷で比較されるイタリアのスーツ(正確にはナポリの、と言うべきでしょうか)と違い、ブリティッシュスタイルは誂え以外に触れる機会が少ないため、特に日本では見慣れないものです。この機会に、少しご紹介したいと思います。

 

イタリアの服は柔らかで、自然なフォルム。イギリスの服には堅さがあり、立体的なつくり。一般によく言われることであり、概ねその通りです。ディテールについても語られますが、店ごとの違いも大きい部分ですから、設計思想のようなものについてのみ話す事とします。

 

袖付けもデザインの違いとしては大きなものですが、両者のフォルムに対する美学がより表れているのは、やはりラペルでしょうか。イタリアでは、生地の端を捲り上げた時のような、それ自体の張力を活かす自然な形をしていると感じます。一方のイギリスのラペルは、胸から外側に向けて立ち上がりながら強いカーブで返ります。

歴史を振り返れば、19世紀にバカンスでイタリアへとやってきたイギリス人により、英国式のスーツスタイルが持ち込まれたことが、イタリアのサルトリア文化の始まりだと言います。それが同地の気候に合わせて独自に変化し、現在の軽快なつくりに至ったわけです。

 

一方のブリティッシュスタイルは、軍服にルーツを持ちます。老舗の多くが軍服の職人をその始まりとしており、Gieves&Hawkesは今でもイギリス軍のユニフォーム製造を担っています。故に、生活の自然な動きの中に生まれた服とは全く違う性質を持つのです。

 

個人的な印象として、イタリア服には人のちょっとした仕草や、他者とのコミュニケーションの中でこそ光る美しさがあると思っています。ホワイトバックで撮るポートレートよりも、家族や友人と楽しく過ごすバルでのスナップが映えそうな服、と言えば伝わるでしょうか?私の想像する南伊の生活や気風との強い繋がりや、肉体(ひいては人そのもの)をありのまま肯定するような大らかさを感じます。

 

一方のイギリス服では、肉体は外界と対峙する強固な存在であるよう求められていると思います。私は師匠の服を初めて見たとき、フリードリヒの『雲海の上の旅人』が頭をよぎりました。この絵に描かれている、強大な自然にポツンと向かい合う人間の誇り高い孤独が、鎧に喩えられるスーツの中にもあるように思うのです。

 

一言で言えば、イタリアの服には寛ぎが、イギリスの服には緊張があるといったところでしょうか。そして其々に合った生地と仕立てがあり、それらは全て等価です。前置きが長くなりましたが、英国らしさがどのような仕立ての特徴から生まれるのか、当店の服を例に取り説明すると、まずはやはり芯地について話すことになります。

当店では、芯の各パーツにやや弾力があるものを使うことが多いです。ハ刺し(芯地と表地、あるいは芯地同士を縫いつける作業)の打ち込みが多く、ラペルは片手でしっかりとロールをつけながら縫っていく。これにより特にラペルやチェストに肉がつき、しっかりとした重厚感と立体感が生まれます。

 

そして、表地に3つのダーツが入る一方で、芯地には3つのダーツとマチが1つ入り、それぞれの分量もより大きい。つまり、芯地の方がより立体的に作られており、そこに表地を添わす作りになっているのです。これが立体を維持する堅固な保形力のウラ側です。

 

また、エッジのシャープさも重要です。当店ではハリを持たせた芯地に合わせ、生地も比較的重たいものを薦めます。その重さを中和するため、特に前裾やラペルのカーブはシャープにラインを出すのですが、具体的な工夫を一つ挙げるならば、エッジが弛んでボヤけないよう、細かに調整しているステッチの引き具合でしょうか。

引きが緩いのは問題外として、タイトに引きすぎても生地が固く縮み上がってしまいます。緩すぎず引きすぎずの絶妙な一点を狙って、手の感覚で締め具合を調整しているのです。また、縫う箇所や生地によって、その”一点”は都度変わります。弟子の私も何度もやり直しを食らった工程であり、その難しさと重要性を実感する部分です。伝わりづらいかもしれませんが、ぜひ注目してほしい拘りです。

 

ボタンホールや閂の糸の締め具合、地縫いのラインの精緻さ。表に見えるだけでも無数にあるディテールの総和が、服の雰囲気として立ち昇ってきます。SHEETSの服は肉厚でありながら、放漫には決してならないソリッドな緊張感があると考えています。お客様にも感じ取っていただけましたら、幸いです。

 

仕立ての拘りについては、一回の更新ではとても書ききれないものです。弟子の私が実際に縫いながら感じたことも含め、また折りをみて一つずつ話せればと思います。それでは、また次回。