愛すべき”普通”

13 Sep 2024

文:佐久 友基

SHEETSではお客様それぞれの多様なご用途に合わせるため、ハウススタイルを設けておりません。と、前回の記事で豪語した舌の根も乾かぬうちではございますが、今回は当店で偏愛される生地帳についてお話致します。

 

良い生地、とは何でしょうか。カシミヤやエスコリアルウール、幸運にも袖を通した経験があればビキューナの生地を挙げる方もいらっしゃるでしょう。何にせよ、艶やかで柔らかな(そしてもれなく高価な)これらの生地の品質には異論がなさそうです。

 

しかし、生地が希少であれば必ず良い服になるとも限りません。服の良し悪しは型紙と仕立て、そして生地のかけ算です。さて、そんな当店で人気ナンバーワンたる生地は、ビキューナ等と比較すると幾分、いやかなり大人しく見えるでしょう。それが今回ご紹介する”良い生地”、HARRISONS社のOYSTERです。

super◯◯’sなどの売りはない素朴なウール100%、目付けが約400gで肉感のある生地。同社の定番スーツ地であるFRONTIERやREGENCYと比較して、ウェイトも色合いもやや重めなバンチです。

 

このやや重めが肝で、ドライでありながらヌメリのような湿気も僅かに感じる、独特な触感があります。我々がOYSTERを肉のある生地と呼ぶのは、単なる厚みの話だけではなく、こうした手触りの立体感も指しており、それがまた堪らなく良いのです。

少し煙ったような暗い色も特徴があり、オーナーの森田はこれらをイギリスらしい色だと話し、特に好んでいます。めくれど捲れど燻んで曇ってどんよりとして、流石レディオヘッドを生んだ国の生地だと私も思います。

 

ラインナップも落ち着いており、シンプルなダークトーンのピンストライプ、チョークストライプ、ヘリンボーンやバーズアイなど、クラシックなスーチングの必要十分が揃ったバンチと言えるでしょう。

そして、この生地の適度なコシと弾力を持つ物性、抑制の効いたフラットさに肉感の潜む風合いが、我々の型紙と仕立てに最も相性が良いと考えています。

 

イギリスでのキャリアから期待される通り、SHEETSはブリティッシュ・スタイルをベースにしたテーラーです。一般的に、立体的なフォルムとそれを維持するための堅牢さが特徴であり、保形力に優れた生地でこそ真価を発揮すると言えます。

 

また当店の仕立ては、可能な限り精緻な仕上がりを目指しつつ、人の手について回る微かな野趣を否定していません。その雰囲気が、先述したOYSTERの質感や色みと非常によく合うのです。SHEETSの服の特徴についてはまた詳しくお話致しますが、弟子の私もこの相性には確かな実感があります。

 

森田は、自身はファッションデザイナーではないと話します。その言葉にはファンタジーやトレンドではなく、より生活に根差したもの、普遍的なものを作るという意識があるように思います。Levi’sのジーンズが150年愛されるのは、極上ではなく最適な素材を選んでいるためです。SHEETSの仕立てにとってOYSTERは、そうした最適解の一つだと言えます。

「レストランで頂くシャンパンより、パブで飲むビールが好き。みたいな感じですね。」この生地の魅力について話し合う中で、ポロッとそんな言葉が出ました。決して華やかではないけれど、心の落ち着く愛すべき”普通”だと。

 

ここで言う”普通”とは、品質が平凡だというのではありません。着る人にとって最も気兼ねのない、不動のレギュラーになり得るという意味です。吊るしておけば大抵のシワが取れる扱い易さ、着るシーンを選ばない控えめなデザイン、手入れ次第では数十年を共に過ごせる耐久性。これらを併せ持つOYSTERの品質は、間違いのないものです。

 

生地選びに迷われた際は、ぜひご検討ください。クローゼットのいちばん手前に、いつまでも掛かる1着になること、請け負いです。

 

次回は、先述したブリティッシュ・スタイルについて、少し詳しくお話をしようかと思います。それでは。